富士山の日に寄せて ( 3/23)
2月23日は「ふ・に・さん」で富士山の日だそうですね(^^)/
24年と少し前、結婚して神奈川県の相模大野付近からこの千葉県君津市に来た当時は、友達もいないしちょっとビックリするほど田舎だし…で毎日「帰りたい」とこぼしていました。でも唯一気に入ったのは富士山がすそのの方まできれいに見えること。当時それだけは「内房に来て良かった!」と思えたほどです。
富士山の思い出と言えば…父が富士山好きだったのもあって富士霊園というところにお墓を構えたため、よく季節ごとにドライブに連れて行ってくれたことです。また、ほんの小さい頃から夏は毎年のように伊豆にある会社の保養所に家族旅行したので、家族との思い出といえば大抵富士山がセットになっています。いつも夜明け前に出発し、お日様が出る頃には車の後部座席で姉・私・兄と三人並んで母のおにぎりを食べ、8トラ(当時のカーオーディオ用磁気テープ)から流れる音楽に合わせて歌いまくり、東名高速道路の正面に富士山が見えてくるとさらににテンションが上がって運転する父に「うるさい!」と叱られたものです(;'∀') 神奈川県は富士山に近い割りに案外見えそうで見えず、また私の住んでいたところは大山連山に隠れてしまうので日常で富士山を見ることは殆どありませんでした。なのでただでさえ家族旅行で気持ちがあがっているところに富士山がドーンと視界に入ってくるのですから…テンションを上げるな!という方が無理というものですよ、お父さん!(と今は亡き父に突っ込んでみる・笑) (続きを読む→ReadMoreへ)

また、夫と付き合っている頃によくドライブに行ったのは江の島や箱根、河口湖(富士五湖)や忍野八海、鳴沢氷穴、富岳風穴そして伊豆半島と殆どが富士山の雄姿がよく見えるところでした。アルバムには今もたくさんの美しい富士山の姿が残っています。そして嫁いでからは沼津にある義父の実家へよく行きました。内浦湾から望む富士山は手前の淡島との対比で一段と青く大きく見えました。夫の祖母も義父も他界したのでもう沼津に行くことは無いですが、走る車から皆で一緒に富士山を仰ぎ見たことは良い思い出となっています。
君津に来てからは日常のそこここに富士山があるので本当に嬉しいです!木更津には「富士見」という地名もあるくらいで、内房からは本当によく見えるのです。高い建物があまりないのと富士山から程よく離れているからなのでしょうね。生活圏のチョットしたところにいつでも富士山が見えるので「三つ子の魂百まで」よろしく、見ればすぐにテンションが上がる私がいます。家のベランダからもほんの少し見えるので冬の晴れた寒い日も洗濯物を干すのが辛くありませんヽ(^o^)丿
特に近場でお気に入りの富士山スポットは、富津市は絹というあたり。田んぼの真ん中に何にも障害物の無い富士山がドーンと出現します!それから富津市の新舞子海岸。ここは対岸の三浦半島と富士山を一望できる海水浴場。シーズンを避け春や冬がおススメです!そして何よりアクアラインから見る富士山が大好きです(^^)/ 季節や時間帯毎に東京湾の海の色と素晴らしいコントラストを見せてくれますし、いつでも静かにゆったりとそこにいて「いってらっしゃい」と「おかえり」を言ってくれてるように感じるからです(#^.^#)

それから、富士登山の経験は小学校5年生の夏に1回だけあります。この時、姉は登らなかったので家族4人で初挑戦でした。ご来光に間に合うように夕方から登り始めた時、薄暗くなっていく足元に広がる溶岩石の赤さにビックリしたのを覚えています。「こんなに赤いのに、どうして富士山は遠くから見ると青く見えるんだろう…」そう不思議に思ったものです。夏なのに震えるほど寒かったことや途中8合目の山小屋で仮眠をとった時のお布団のカビ臭さ…よく覚えています。それでも疲れていたのでグッスリと一眠りし、再び夜中に登り始めてほぼ頂上付近で無事にご来光を拝むことが出来ました。チカッと目に飛び込んでくる最初の光…。その金色の光がだんだん湧いて来て自分に向かってくるようで…子どもごころにとても荘厳な気持ちになりました。冷たくなった頬に太陽の光が当たるとじんじんと暖かくなっていくのが感じられ「太陽ってすごい…」素直にそう思えました。遮るものが何もない太陽との距離感はとても宇宙的というか、何というか…。夜明けの空のロイヤルブルーとご来光のゴールドのコントラストで余計にそう感じたのかも知れません。ご来光をたっぷり堪能した後、あとほんの少しの頂上を目指すもちょっと高山病っぽくなってしまった私は泣く泣く断念。3776メートルの頂上には立てませんでした。いやぁもう頭が痛いのなんのって!(-"-) アルバムには苦虫を噛み潰したような表情の証拠写真がシッカリ残っております(^^;) そしてあんなに苦労して登ったのに下山は本当にあっという間!須走ルート(砂走り)では土ぼこりをもうもうとあげながら「タ~スケ~テ~!」と転がっていく外国人を横目で見つつ、転ばない様に淡々としかも注意深く下りる私がいました。…何故かこの時の場面が一番強烈に印象に残っている富士登山なのでした( ˘ω˘ )
今回スピリチュアルな側面から富士山のことを書こうと思って書き始めたのに、結局家族との思い出話で終始してしまいました(^^) 結婚前も後も家族との思い出を振り返ると必ず富士山があったことに気が付いたので、私にとっての富士山は「家族」…ということなのかも知れません。
数々の思い出の中に残る富士山…。真っ白に雪をかぶった冬富士や真っ青な夏富士、桜に映える富士山や夕景の赤富士、夕闇に溶けていくシルエット富士など、いつでも富士山を見る度にこころに光が差すようです。「富士登山は人生に例えられる」と仰る方も多いですが、10歳の私もあの時少しはそんなことを感じたかも知れません。子どもでもそうなのですから、今登ったらもっと感動することでしょう。
でも私はもう登らないかな。日本の美しい女神は珠玉の思い出と共に、遠くから眺めさせていただくのが至宝…そんな風に思う今日、「富士山の日」なのでした(^^)
☆写真…御殿場・時之栖(ときのすみか)&河口湖・大石公園ラベンダー畑